Uncategorized

突然の別れと人生の余白:かけがえのない同期が教えてくれたこと

突然の予期せぬ知らせ・・・。

今日は、朝からずっと心の中に悲しい風がふいています。
朝起きて、いつものようにmessengerを開くと、ある1通の1通のメッセージが入っていたからです。

ぽめさんへ
一身上の都合により、15日を持って退職することになりました!いままでありがとうございました!お元気で!

と。

それは、同期の女性社員であるAさんから届いた、一本のメッセージでした。「退職します」という、簡潔ながら重い言葉。カラッと明るく書かれていますがこれは大変な決断だったことがわかります。

メッセージをくれたので、まだ気持ちを整える時間はありましたが、入社当初から苦楽をともにしてきた人が、もう会社のデスクにいないという事実は、わたしに大きな心理的ダメージでした。その喪失感は、想像していたよりもずっと深く、じわじわと寂しさが波のように押し寄せています。

「同期」という言葉は、ただの職場の同僚というだけでなく、同じ船に乗り、航海の最初期を共に乗り越えた「戦友」のような響きを持っています。会社という荒波のなかで、まだ右も左もわからなかったわたしを、Aさんはそっと支えてくれました。

逆境のなかで育まれた、かけがえのない絆

とくに、わたしがつらかった時期のことは忘れられません。仕事でも、社内の人間関係でも大きな壁にぶつかり、気持ちが落ち込んでいたとき、Aさんは決して上辺だけの励ましはしませんでした。ただ、わたしの言葉に耳を傾け、黙ってうなずいて、そっと寄り添ってくれたのです。その時間こそが、その時のわたしの心を支えてくれていました。

ときには、深刻な話ではなく、お互いになにげない日常の会話を交わしただけの日もありました。ある時から部署は分かれて、あまり顔も合わさなくなり、声をかけ合うことも減っていきましたが、最近、また関わりが生まれ始めたところでした。

しかし、そうした取るに足らない会話や、一緒に過ごした「同じ時間」こそが、わたしたちの絆を強固なものにしたのだと、いまになって痛感しています。もっと、お話をしていたらよかったなと、相手のことを知り、心を交わせたらよかったなと少しだけ後悔しました。

人間関係の本質は、劇的な出来事よりも、むしろ日常の小さな瞬間に宿るものかもしれません。お互いの存在が、職場という緊張感のある環境のなかで、ふっと息を抜ける「心の余白」を作り出してくれていたのかもしれないと、いなくなって初めて感じました。

とある書籍に刻まれた成長の軌跡

わたしたちには、仕事上の大きな達成感として共有している特別な思い出があります。とある書籍を作り上げるというプロジェクトを、二人で協力して形にしたことです。企画の段階から完成まで、Aさんの情熱と優しさと、わたしの文章力がうまく組み合わさった結果でした。

その制作過程で、Aさんが「ぽめさんは字がかわいいから」と、わたしの手書き文字をデータとして本に盛り込んでくれたエピソードは、いまでも鮮明に覚えています。当時のわたしは、自己肯定感が低く、褒められても素直に喜べない、ひねくれた性格をしていました。だから、そのときも「まあ、そうかな」程度にしか受け取れませんでした。

しかし、いま、自信をもって断言できます。あのとき、わたしを客観的に評価し、認め、わたしの「よいところ」を仕事として活かしてくれたAさんの存在は、わたしのセルフイメージを押し上げてくれた、人生における大きなターニングポイントだったと。他者からの純粋な承認は、自己成長の最高の燃料になります。わたしは、Aさんのおかげで、自分自身を肯定的に捉えられるようになったのです。

人生の貴重な共有体験

プライベートでの思い出も数えきれません。一緒に地元の神社へ参拝に行った神聖な経験、静かな映画館で鬼滅の刃を観た感動、そして、ゆったりとした時間の中で思い出を語り合ったワインバーでの会話。

とくに、わたしが失恋したときのことは、語りつくせないほどです。恋が終わって途方に暮れていたとき、Aさんは冷静ながらも温かい視点で、わたしの感情を受け止めてくれました。あのとき、Aさんがいてくれたからこそ、つらく苦しい失恋の記憶も、いまとなっては少しは美しい「人生の貴重な共有体験」として心に残っているのだと思います。

人生において、喜びだけでなく、深い悲しみや挫折を共に分かち合えるひとの存在は、なにものにも代えがたい宝物です。

ひととの関わりが人生を豊かにする

突然の別れは、別れの痛みとともに、深い後悔も連れてきました。「もっと、ひとと心の通う時間を過ごせばよかった」「もっと感謝を伝えておけばよかった」と、思わずにはいられません。

Aさんは、ご両親の介護という、人生の新たな大きな使命のために、生まれ故郷である関東へ帰るそうです。一緒に過ごした関西での日々を終え、遠い場所で人生の次の章を歩み始めるのですね。物理的な距離が離れてしまい、以前のように気軽に会うことは、きっと難しくなるでしょう。

しかし、この喪失感をただの悲しみで終わらせてはいけないと思っています。

この別れは、内気な性格で、つい他者との深い関わりを避けてしまいがちなわたし自身に、「人間関係の深さが、人生の豊かさに直結する」という、極めて重要な教訓を与えてくれました。

内省と未来への決意

わたしは、自分の内向的な性格を認めつつも、これからは人との関わりを意識的に強固なものにしていきたいです。また、Aさんから学んだプロフェッショナリズムと、他者を承認する姿勢を大切にして、仕事もしっかりと全うしていきます。

Aさんがわたしの心の中に残してくれた、優しさ、自己肯定感、そして「あなたらしさでよいのだ」というメッセージを大切にします。たとえ今後、どれほどつらいことがあっても、この大切な思い出を糧として、過去のわたしよりも成長した自分で、人生を歩んでいこうと決意しました。

約束の再会を目指して

もう会えないかもしれない。そう考えるだけで涙が出そうになります。しかし、わたしは再会できると信じています。

そして、次に会えたとき、わたしはただ昔の思い出を語り合うだけではなく、Aさんの心の中に、なにかひとつでも温かい光を灯せるような、そんな成熟したひとに成長していたい。

Aさん、これまで本当にありがとう。そして、お互いに、新しい人生の場所で、精一杯がんばっていきましょう。その成長を、遠い場所から見守っています。

ぽめ