ぽめのこと

『鬼滅の刃』を観て気づいた、戦いよりも大切な人生の「基本」とは

はじめに:苦手な映画館への一歩

こんばんは、ぽめです。

正直に言うと、私は映画館で映画を観るのが得意ではありません。特に、『鬼滅の刃』のような少しグロテスクな表現がある作品は、なおさらです。

その理由は、映画館特有の圧倒的な音響にあります。音が完全に遮断され、スクリーンからの音だけが響く空間では、物語に没入するというレベルを超えて、まるで自分がその場にいるかのようにリアルに体感してしまい、とても疲れてしまうのです。

そんな私ですが、今回は同僚と一緒ということもあり、『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 』第一章 猗窩座再来』を観に行くことになりました。もし一人で夜中に観に行くとなれば、帰り道が少し怖そうで、きっとためらっていたと思います。

我妻善逸(あがつまぜんいつ)に教わった「基本」の大切さ

原作のマンガを読んでいた頃、私の一番好きなキャラクターは縁壱(よりいち)さんでした。しかし、今回映画を観て、すっかり我妻善逸のファンになってしまいました。

なぜなら、彼の姿を通して「基本って大事なんだな」という、当たり前でありながら非常に深い真理に改めて気づかされたからです。一つのことを極めるために、基本を徹底的に繰り返す。マンガで読んで知識として知っているのと、これを体感するのとでは全く違いました。流麗かつ力強いアニメーションで描かれた善逸が、一つの型を極めるために全てを注ぎ込む姿。その音響と映像のインパクトは、「基本は大事」というありふれた言葉を、理屈抜きの確かな真実として心に刻みつけてくれたのです。

映画で出てきた、漆ノ型・火雷神(ほのいかづちのかみ)のカッコよさと言ったら!これは、壱ノ型を追求し続けた善逸が独自に編み出した奥義、攻撃力も速度も比ではない威力があります。

苦手な映画館も、仲間と一緒なら心強い

仲間がいてくれたおかげで、苦手な映画館でも心から楽しむことができました。いつもなら、過剰な音響に神経を張り詰め、緊張したまま観ている私ですが、隣に友人がいるというだけで不思議とリラックスできたのです。怖いシーンでも一人じゃないという安心感が、物語に純粋に没入させてくれました。そして何より、映画が終わった後に「あのシーンの善逸、すごかったね!」「映像が綺麗だった!」と感想を語り合う時間は、体験全体を何倍にも豊かにしてくれる、かけがえのないひとときでした。

マンガとは別次元の迫力―現代アニメの映像美

『鬼滅の刃』はマンガで最後まで読んでいましたが、映画の迫力はまったくの別物で、本当に素晴らしかったです。特に映像のクオリティには驚かされました。私が子供の頃に観ていたジブリ映画の、まるで絵画のような美しい平面的な風景とは対照的に、キャラクターたちが緻密に描き込まれた三次元的な空間を縦横無尽に駆け巡る様は圧巻でした。特に戦闘シーンでのダイナミックなカメラワークは、マンガを読んでいるだけでは得られない、別次元の迫力を生み出していました。

結び:学んだ教訓を人生に活かす

映画で目の当たりにした善逸のあの一点集中こそ、私が自分の人生に取り入れたいと強く感じたものです。だからこそ、これからは仕事でも趣味でも、何事においても「基本」を大切にし、諦めずに自分の道を切り拓いていこうと決意しました。

そして、たとえ人生で悲しい出来事に遭遇したとしても、悪の道に流されることなく、人間らしく愛を持って歩んでいきたい。そう心から思えた一日でした。