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書いたことがかなった。でも、それだけじゃなかった話。

 「書けばかなう」って聞いたことありますか?ノートに書いた夢や目標が、なぜか現実になった、という体験をした人、けっこう多いみたいなんですよ。私も実際にやってみたことがあって、かなった経験もある。でも今日は、その続きの話をしたいんです。「かなった後、どうだったか」という話を。40代になって、いろんな「かなった体験」を積み重ねてきて、気づいたことがあります。かなうことが目的じゃなかったな、ってこと。それ以上に大事なものが、書くことの中にあったんです。今日はそういうことを、正直に話してみたいと思います。

「書けばかなう」は本当なのか

 

 まずは正直に言うと、私は書くことには力があると思っています。これは怪しい話じゃなくて、シンプルに「書くことで思考が整理される」という話です。頭の中でぼんやりしていることを言語化すると、何を求めているのか、何が必要なのかがはっきりしてくる。そのクリアさが、行動に反映されて、結果として「かなう」につながることが多い。書くという行為は、霧の中に道筋を作るようなものだと思います。書く前は漠然としていたものが、書いた後には少しずつ形が見えてくる。その見えた形に向かって行動できるから、かなっていく。

 心理学的に言うと、「書く」という行為は、潜在意識に刷り込む効果があるとも言われています。何度も書くことで脳がそれを「重要なこと」として認識して、関連する情報を集めたり、機会に気づきやすくなったりする。ちゃんと理由があるんですよね、「書けばかなう」には。ただ、ただ書けばいいというわけでもなくて。「こうなりたい」という内容が、本当に自分の心から出てきたものかどうかが大事だと思っています。「こうなるべき」という外側のプレッシャーから来たものを書いても、エネルギーが乗りにくい。心から望むことを書くから、力が宿る気がします。

かなった後に「あれ?」となった経験

 

 憧れていた生活を手に入れた友達から聞いた話があります。長年「あんな家に住みたい」と思い描いていた家を購入して、念願が叶った。でも、住んでみたら「なんか違う」と感じたって。家自体は素晴らしい。でも、その家を手に入れた後の自分がイメージと違った、というんです。その話を聞いた時、なんかわかる気がしたんですよ。「手に入れた後の自分」のイメージが、現実と合っていなかったんでしょうね。家が手に入れば、家族関係も、自分の気持ちも、全部ついてくると思っていたかもしれない。でも現実は、家が変わっても自分の内側は変わらなかった。

 私自身も似た経験があります。「こんな仕事ができたらいいな」と思っていた仕事が実現して、最初はすごく嬉しかった。でも半年くらいして、「これが思ってたのと違う」と感じる部分が出てきたんですよ。仕事自体が悪かったわけじゃない。でも、「それを手に入れた後の自分」のイメージが、現実と合っていなかった。「こうなったら、なんか毎日楽しいはず」というイメージと、実際の毎日が全然違った。これ、よくある話らしくて。「かなった後、幸せじゃなかった」と感じる人は意外と多いみたいです。

 なんでそういうことが起きるかというと、「欲しいもの」と「それで得たいもの(本当の望み)」がずれていることがあるから。家が欲しかったのは本当。でもその奥にあるのは「安心感が欲しい」だったりする。家を手に入れても、安心感が得られなければ、「かなった」感じがしないんですよね。本当の望みは「家を持つこと」じゃなくて、「どこにいても大丈夫という感覚」だったりする。そこに気づかないまま書いていると、かなっても満足できない、ということが起きやすい。

「何のために」が抜けていた

 

 書く時に「何を手に入れたいか」だけ書いていると、手に入れた後のことを考えていないんですよね。「〇〇になりたい」ではなく、「〇〇になって、どんな気持ちで生きていたいか」まで書けると、ずっと具体的になる。私が今意識しているのは、「それが手に入った時に、どんな感情を感じていたいか」まで書くようにすること。達成感じゃなくて、毎日の感情。喜び?安心?ワクワク?それを具体的に書くと、手に入れた後の自分のイメージが鮮明になってくる。そのイメージに現実が近づいてきた時、「かなった」という満足感が生まれやすい。

 目標を書く時も、「なぜそれが欲しいのか」を一緒に書くようにするとよいと思います。「月収100万円になりたい」ではなく、「月収100万円になって、時間の余裕ができて、好きな人と好きなことに時間を使えるようになりたい。そして毎日、好きな仕事をしながら、ゆったりと笑っていたい」みたいに。本当に欲しいのは、お金じゃなくて「豊かな時間」だったり「ゆとりのある心」だったりすることがある。そこまで掘り下げると、書くことの力がより発揮される気がします。書くことが、自分の本当の望みを明らかにしてくれる道具になるんです。

書くことで「今の自分」が見える

 

 「書けばかなう」の話ばかりしてきたけど、私が書くことで一番価値を感じているのは、「今の自分が見える」という効果です。書いていると、自分が何を考えているか、何を感じているか、何を恐れているか、何を本当に望んでいるかが、浮かび上がってくる。頭の中だけで考えていると、思考がぐるぐるして、どこに向かっているかわからなくなることってありますよね。書くと、そのぐるぐるが一度外に出て、客観的に見られるようになる。「あ、私こんなこと考えてたんだ」という発見が、書くたびにある。

 日記でも、ノートでも、スマホのメモでもいい。毎日少しでも書く習慣があると、自分の状態の変化にも気づきやすくなる。「最近なんか疲れてるな」「こういうことに喜びを感じてるんだな」「これが不安なんだな」という自己理解が深まると、生きることが少し楽になるんですよ。誰かに見せるためじゃなく、自分のために書く。それだけでいいんです。うまく書けなくてもいい。箇条書きでもいい。書いた、という事実が積み重なっていく。

書くことは手放すこととセット

 

 私が最近気をつけているのは、書いて願ったら、あとは手放すようにするってこと。しょっちゅう見返して「まだかな、まだかな」ってやってると、逆にうまくいかない気がして。願いを書いてノートを閉じる。それくらいの距離感がちょうどいいのかもしれない。書くことと手放すことは、セットなんだと今は思っています。

 書くことで意図を明確にして、そこに向かう自分を整えて、あとは流れに任せる。これが、「書けばかなう」の本当の使い方じゃないかと思います。執着しないこと、コントロールしようとしすぎないこと。書くことは、願いを「重要なもの」として意識に登録する行為。あとは、その意識が自然に動いていくのを、信頼して待つ。幸せって、何かを手に入れることじゃなくて、今この瞬間に自分が何を感じているかなんだと思います。書くことはその補助線。人生を整えるための道具として、これからも続けていきたいと思っています。今日も読んでくれてありがとうございました。

書くことで、本当の自分と出会う

 

 書いていると、自分の知らなかった自分に出会うことがあります。「こんなことを考えていたんだ」「こんなことが怖かったんだ」「本当はこれが欲しかったんだ」。頭の中だけに留めていると気づかなかったことが、書いて外に出した途端に見えてくる。これが書くことの、一番の贈り物だと思っています。幸せとは何かを頭で考えても、なかなかわからない。でも、自分が何を書いているかを見ていると、少しずつわかってくる。嬉しかったこと、感謝したいこと、悔しかったこと、怖かったこと。そこに、あなたの本当の価値観が詰まっています。

 特に「感情が動いたこと」を書いておくのが、自分を知る上でとても役に立ちます。なぜその時感情が動いたのか。何がそんなに嬉しかったのか。何がそんなに悔しかったのか。掘り下げて書いていくと、「ああ、私はこういうことを大切にしていたんだ」「こういうことが私にとって重要なんだ」という発見がある。それが積み重なると、自分のことがわかってくる。自分のことがわかると、選択が変わる。選択が変わると、人生が変わる。書くことが、静かに人生を変えていくんです。

「かなわなかった」ことにも、意味がある

 

 書いてもかなわなかった、ということも、当然あります。目標を書いたのに、全然そうならなかった。願ったのに、現実は全く違う方向に進んだ。そういう経験もするんですよね。でも、その「かなわなかった体験」にも、実は意味があると今は思っています。かなわなかったということは、もしかしたら「それが本当に望んでいたことじゃなかった」というサインだったかもしれない。もしくは、「まだその時期じゃなかった」というタイミングの話かもしれない。

 振り返ってみると、「あの時かなわなくてよかった」と思うことって、意外とあるんですよ。あの仕事に就いていたら、こんな人に出会えなかった。あの家に引っ越していたら、この経験ができなかった。「かなわなかった」ことが、後から見ると「そっちじゃなくてよかった」に変わっている。だから書いてかなわなかった時も、そこで終わりじゃなくて、「これは違ったんだな」という情報として受け取ってほしいんです。書き続けることが大事で、一回かなわなくてもやめないことが大切です。

40代だからこそ、深い書き方ができる

 

 20代の頃に書いていた目標と、40代の今書く目標では、深さが全然違います。20代は「こうなりたい」という外側の絵を描いていることが多かった。40代になると、「どんな気持ちで生きていたいか」「何を大切にして生きたいか」という内側のことを書けるようになる。これは経験があるからこそできることで、40代の私たちは豊かな書き方ができる年齢なんです。

 若い頃は「年収〇〇円」「こんな仕事」「こんな家」という外側のことばかりだったかもしれない。でも40代になると、「毎朝穏やかな気持ちで目覚めたい」「大切な人と笑って食卓を囲みたい」「自分が好きだと思えることに時間を使いたい」という、もっと内側の言葉が出てくる。その言葉の方が、かなった時の満足感が全然違うんですよ。書くものが変わってきたとしたら、それはあなたが成熟してきた証拠。40代の書き方で、これからの人生を描いていきましょう。今日も読んでくれてありがとうございました。

書き続けることが、あなたを変えていく

 

 かなった、かなわなかった、そのどちらも含めて、書いてきた時間が「今の自分」を作っています。書くことをやめなければ、何かが必ず変わっていく。それは外側がかなうかどうかじゃなくて、書くことで内側が育っていくということ。内側が育つと、気づけば外側も変わっている。それが、書くことの本当の力だと思います。

 40代の私たちには、書く材料がたくさんある。嬉しかったこと、悔しかったこと、乗り越えてきたこと、まだ乗り越えていないこと。その全部が、書く素材になる。若い頃より深く、豊かに書けるようになっているはずです。これからも書き続けてください。書いた言葉が、あなたの地図になって、あなたをあなたらしい場所に連れて行ってくれます。今日も読んでくれてありがとうございました。

書くことで、感謝が見えてくる

 

 感謝日記というものをご存知ですか。毎日、感謝できることを3つ書くというシンプルな習慣です。最初は「そんなにないよ」と思っても、書こうとすると意外と出てくる。ご飯が食べられたこと、誰かと笑えたこと、空が青かったこと。小さいことでいいんです。それを書き続けていると、日常の中の「良いこと」に気づく感覚が育ってくる。感謝できることを探す習慣が、見える世界を変えていきます。

 感謝を書くことで、「今の自分は恵まれている」という感覚が積み重なっていきます。それは現実を変えるわけじゃないけれど、現実の見え方を変える。同じ日常でも、感謝の視点で見るのと、不満の視点で見るのでは、まったく違う景色になる。書くことは、あなたの視点を育てる行為でもあるんです。今日も読んでくれてありがとうございました。

 書くことを、どうかやめないでほしい。あなたの言葉は、あなたの地図です。